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千葉地方裁判所 昭和63年(行ウ)11号 判決

原告

相木吉之助

右訴訟代理人弁護士

堀合悟

被告

千葉地方法務局鴨川出張所

登記官中澤義夫

右指定代理人

遠山廣直

右同

中島和美

右同

冨山斉

右同

鮫田省吾

主文

一  本件訴えを却下する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が原告の千葉地方法務局鴨川出張所昭和六三年六月一日受付第三六八三号土地地目変更登記申請につき、同年六月八日付でなした却下決定処分を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  本案前の答弁

主文同旨

2  本案に対する答弁

(一) 原告の請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)の所有者である。

2  原告は、被告に対し、千葉地方法務局鴨川出張所昭和六三年六月一日受付第三六八三号をもって本件土地の地目変更登記の申請(以下「本件登記申請」という。)をなした。

3  本件登記申請に対し、被告は、同申請事件は不動産登記法四九条一〇号の規定に該当するとの理由で却下決定をした。

4  しかしながら、右却下決定は左の事由で違法である。

(一) 不動産登記法手続準則一一七条によれば、田とは農耕地で用水を利用して耕作する土地であり、雑種地とは同条イないしネに定める地目のいずれにも該当しない土地である。

本件土地は昭和五六年当初より現在まで耕作及び用水利用の事実はなく、また同年九月より約二か月にわたる宅地造成工事により宅地形状を呈するに至った。現状ではほぼ一面に雑草及び茅等がはえわたっているが、除草剤の散布又は草刈等により容易に宅地形状に復元することが可能である。

したがって、本件土地は同条に定める田に該当せず、同条ロないしネに定める地目のいずれにも該当するものではないので、現状においては同条ナの雑種地と認定されてしかるべきであり、本件登記申請は不動産登記法第四九条一〇号に該当するものではない。

(二) 不動産登記簿における表題部の表示は、不動産の客観的現況を正確に反映し国民に公示して不動産取引の安全に寄与することを本質的使命とするものであり、このことは特に不動産の表示に関する登記を登記官が職権をもってなしうることからも明白である。

本件登記却下処分が依拠すると思われる昭和五六年八月二八日民三第五四〇二号民事局長通達は、不動産登記法事務取扱手続準則一一七条イないしネに該当せず同条ナの雑種地と定められる場合にあっても、その土地が現に特定の利用目的に供されているか、又は近い将来特定の利用目的に供されることが確実に見込まれるときでなければ、雑種地への変更があったものとは認定しないとするが、これは現状と全く異なる従前の地目のままの公簿を放置せよとするものであり、前記法の趣旨を没却し違法である。

したがって、本件登記申請に対する却下処分は違法な通達に基づくものであり、不動産登記法七八条、七九条二項、不動産登記法施行令三条に反し違法である。

(三) 仮に右通達によっても、本件土地は、容易に宅地にすることが可能であり、近い将来建物の敷地に供されることが明白であるから、本件土地は雑種地と認定されるべきである。

よって、請求の趣旨記載のとおり本件登記申請却下処分の取消しを求める。

二  被告の本案前の主張

地目変更登記申請に対する登記官の却下決定には、以下のとおり処分性がないのであるから、本件訴えは却下されるべきである。

1  土地の地目の変更登記は、その土地自体に物理的変動が生じた場合に、登記と実際を一致させるため、既に生じた変更を単に報告するという性質を有するにすぎない。そして変更前の土地と変更後の土地とは同一性を有することを当然の前提とし、これらの登記は実体法上の権利の内容を変更するものでもなく、また、地目に関する登記によって、その土地の物理的形状を変更したり確定させたりする効力を有するものでもない。

したがって、土地が農地であるかどうかは登記簿上の地目の表示とかかわりなく、当該土地の客観的現況によって決すべく、地目の表示は、直接国民の権利義務を形成しあるいはその範囲を明確にする性質を有するものではない。

2  表示に関する登記については登記官の職権主義が採用され(不動産登記法二五条の二)、登記官に実地調査権が付与され(同法五〇条一項)、不動産の現況の把握と公示は登記官の職責とされているので(福岡高判昭和五五年一〇月二〇日訟務月報二七巻二号三〇五頁)、表示に関する登記について当事者の申請の規定はあるが、これは当事者に申請権を認めたものではなく、登記官の職権発動を促すにすぎない。

したがって地目変更登記の申請を拒否したからといって、申請者の実体法上の権利ないし利益を侵害することはなく、申請行為も登記官の職権発動を促すにすぎずこの拒否が申請人の権利ないし利益を害するものではないから、右申請の拒否に処分性は認められない。

三  被告の本案前の主張に対する原告の反論

1  登記官による登記簿表題部の地目公証行為は、当該土地所有者その他の利害関係人たる国民の権利自由の侵害をもたらす可能性がある。たとえば、農地でないにもかかわらず田あるいは畑と認定されている土地の所有権もしくは用役権の設定に関し、その登記申請を求めた場合、農地法所定の許可書の添付がない場合は登記官の形式的審査権のもとで右申請の却下を免れない。

2  地目変更登記を含む表示に関する登記申請行為は、権利の客体である不動産の客観的現状を登記簿に迅速かつ正確に反映するために、不動産の物理的現況を最も知悉している所有権登記名義人にその変更にかかる登記の申請を義務づけ(不動産登記法八一条、八一条の八、九三条の五、九三条の一一)、国家はこの申請義務懈怠に対しては罰則(一五九条の二)をもって臨んでいる。したがって、表示の登記の申請行為は単に登記官の職権発動を促す端緒に留まるものではない。

3  申請者が判断したところの変更後の地目の表示が登記官の認定した地目と符合しない場合には、登記官は職権で、公証するかあるいは地目の変更がない場合にはそれを理由として却下すべきであり、本件のように変更後の地目が登記官の調査の結果と符合しないとの理由で却下すべきではない。

四  請求の原因に対する認否

1  請求原因1ないし3の事実は認める。

2  同4のうち、冒頭の主張部分は争う。

(一) 同4の(一)のうち、不動産登記法事務取扱手続準則(正しくは不動産登記事務取扱手続準則)一一七条が、田とは農耕地で用水を利用して耕作する土地であり、雑種地とは同条イないしネに定める地目のいずれにも該当しない土地と定めていること、昭和五六年ころから本件土地が耕作及びそのための用水の利用がないことは認め、その余は争う。

(二) 同4の(二)のうち、第一段落は認め、その余は争う。

(三) 同4の(三)は争う。

理由

一当裁判所は、本件登記申請の却下には処分性がなく、本件訴えは不適法として却下すべきものと考える。その理由は次のとおりである。

登記簿上の地目の表示は、それ自体直接国民の権利義務を形成しあるいはその範囲を明確にする性質を有せず、地目変更申請が却下された場合に申請者がこれを争う法律上の利益は存しないので、本件登記申請の却下には処分性がない。

なお、原告は、登記簿上の地目の表示が農地(本件では田。以下同じ。)となっている場合に、農地法の農地に課せられる権利移転制限等が加えられることがあるとしてこれを法律上の不利益というものであるが、農地法上の農地とは、耕作の目的に供される土地をいい(農地法二条一項)、右農地に該当するかどうかは、登記簿上の地目の表示とは関係なく、農地法の趣旨にしたがい現況主義により決せられるべきものであり、仮に地目が農地であるために農地であると取り扱われたとしても、それは地目の表示自体の法的効果ではなく、事実上の効果に過ぎないのであって、所論に理由はない。

また、原告は不動産登記法上、一定の場合に不動産所有者らに表示の登記に関する申請義務を課し、それを怠った場合の罰則が規定されていることをもって、申請権の根拠とするが、右法は、不動産の表示の登記は登記官が職権をもって調査してなすべき登記であるとしているのであり(同法二五条の二、五〇条一項、最判昭和四五年七月一六日判時六〇五号六四頁参照。)、所有者らに申請義務を課しているのは、登記官の職権行使を円滑で妥当なものとするためであると考えられ、前記表示の登記の性格からして、この申請義務の存在をもって申請権の根拠とみるべきではない(以上の論旨につき、福岡高判昭和五五年一〇月二〇日訟務月報二七巻二号三〇五頁参照。)。

二以上のとおり、原告の本件訴えは不適法であるからこれを却下することとし、訴訟費用については行訴法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官上村多平 裁判官難波孝一 裁判官櫻井佐英)

別紙物件目録

所在 鴨川市横渚字五反目

地番 五七番

地目 田

地積 壱壱九〇平方メートル

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